マッドマックスビリギャル事件。
2015年に公開された映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、映画ファンや批評家から絶賛され、その圧倒的なビジュアルとスリリングなストーリーテリングで多くの注目を集めた。
しかし、同じ年に公開された日本のドラマ映画『ビリギャル』が、興行収入では『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を上回る結果となった。『ビリギャル』を見ている映画好きは少ないのに、みんな見ているような『マッドマックス怒りのデス・ロード』よりも興行成績がよかった。
この現象は、「マッドマックスビリギャル事件」として知られる。
服部昇大氏の漫画『邦キチ! 映子さん』の中に登場し、2024年7月5日、6日にX(旧Twitter)でバズったフレーズだ。
「邦キチS12」6話、公開しました‼️ 今回は鷹匠政彦&猿渡哲也原作の香港実映画「RIKI-OH/力王」です👊 前回に引き続き、「実写改変」編となります。ぜひご覧ください〜😀
⬇️ コチラから 🆓https://t.co/tYC86uNvpw pic.twitter.com/oBo3M5Dv45
— 邦キチ! 映子さん【公式】 (@hokichi_eiko) July 5, 2024
これは、エコーチェンバー現象として説明することができる。エコーチェンバー現象は、同じ意見や信念を持つ人々が集まり、その中で情報が繰り返し反響し、意見が強化される現象だ。
本記事では、このマッドマックスビリギャル事件について、簡単に解説していく。
マッドマックスビリギャル事件の背景
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、2015年に公開されたアクション映画であり、映画ファンや批評家から非常に高い評価を受けた。
特に、その圧倒的なビジュアルとスリリングなストーリーテリングが注目され、多くの映画賞を受賞するなど、映画クラスタの間で大いに話題となった。
一方、『ビリギャル』は、同じく2015年に公開された日本のドラマ映画で、受験勉強に奮闘する女子高生の実話を基にしている作品だが、多くの映画好きは見ていない印象が強い作品だ。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が公開されたとき、映画ファンや批評家は、SNSやブログでその魅力を熱烈に語り合い、評価を高めていった。そのため、この映画を見ていない人は極めて少ないだろうと、エコーチェンバーのような現象が生じた。
しかし、一般の観客層には『ビリギャル』の方が広く受け入れられていた。映画好きにとってその理由はわからない。有村架純が金髪のギャルになった。それくらいしか知らない。この理由だけでそんなにヒットしたのか?わからない。
だが、興行収入では『ビリギャル』が『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を上回るという、映画好きには意外な結果となった。
このように、ネット上での評価と実際の興行収入に大きなギャップが生じたことが、「マッドマックスビリギャル事件」として2024年7月5日、6日にX(旧Twitter)でバズり、多くの人々の関心を集めた。この事件は、映画クラスタの中での評価が必ずしも一般の観客層の評価と一致しないことを示す一例だ。
エコーチェンバー現象
エコーチェンバー現象とは、同じ意見や信念を持つ人々が集まり、その中で情報が繰り返し反響し合うことで意見が強化され、外部の異なる意見が排除される現象である。この現象は、ソーシャルメディアやオンラインフォーラムで特に顕著に見られる。
ソーシャルメディアでは、アルゴリズムがユーザーの興味や関心に基づいて情報をフィルタリングし、ユーザーが関心を持つコンテンツを優先的に表示する。このため、ユーザーは自分の意見や信念に合った情報ばかりを目にするようになり、同じ考えを持つ人々とのコミュニケーションが強化される結果となる。このようにして形成された情報環境をエコーチェンバーと呼ぶ。
「マッドマックスビリギャル事件」では、映画ファンの間で『マッドマックス 怒りのデス・ロード』があれだけ絶賛されているのだから、世間的にもヒットしているのだろうと思っていたら、実は映画ファンがあまり見ていない『ビリギャル』のほうがヒットしていたという、エコーチェンバー現象だ。
『邦キチ! 映子さん』の作者服部昇大氏は、このように投稿している。
この事件の肝はネットの映画クラスタに一般の流行り情報はマジで入ってこないという問題で、今年で言うと「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら」興収40億、「変な家」50億、劇場版「ハイキュー」100億とかが代表的で分断は更に加速していると思います。 https://t.co/f5ScKPvZqF
— 服部昇大/映子さん11巻発売中 (@hattorixxx) July 6, 2024
このエコーチェンバー現象の主な問題は、映画クラスタが世間一般の評価やヒットしている映画の情報をほとんど受け取らない点である。
これにより、映画ファンは自分たちが評価する作品が世間でも同様に評価されていると誤解することが多い。この現象は、映画に限らず、他の分野でもよく起こることだ。選挙とかでもそうだろう。「なぜこの人がまたも当選するのか」と、選挙結果に絶望することは多々あるだろう。自分と世間ではだいぶ乖離している可能性があるということは意識しておいたほうがいい。
似たような事例
個人的に思い出すのは2019年に発売された映画秘宝の、2018年の映画ランキングが載ってる号を読んだときのことだ。
柳下
そういう巨億をかけた底抜け大作でいうと、1本言いたい映画があった!去年92億稼いで、年間興収1位の「劇場版コード・ブルー -ドクター・ヘリ緊急救命-」が秘宝ベストにもトホホにも入ってないこと!誰も観てないんですよ!去年いちばん観られてる映画なのに!映画秘宝3月号(2019年)より抜粋
町山智浩&柳下毅一郎のコンビが2018年の映画を振り返るトークで、柳下氏は、コード・ブルーの映画について「誰も観てないんですよ!去年いちばん観られてる映画なのに!」と述べており、この映画が映画クラスタ内でほとんど話題にならなかったことを指摘している。
つまり、一般の観客層には広く受け入れられ、実際には多くの人々が観た映画であっても、映画クラスタには、その情報は入ってこないのである。
似たような事例は山程ある。映画秘宝読者のほとんどが嫌う福田雄一の作品は毎年大ヒットしているし、オールタイムワーストに入ることのほうが多い『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』は日本の歴代興行収入ランキング上位だ。
これらの事例からわかるように、映画好きと一般の観客層の映画に対する関心や評価が大きく異なることを示している。
まとめ
マッドマックスビリギャル事件は、ネット上の映画クラスタにおける評価と、一般の観客層の評価の乖離を象徴する出来事である。この事件は、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が映画ファンや批評家から絶賛される一方で、興行収入では『ビリギャル』に劣ったことから生じた。
この現象はエコーチェンバーによって生み出されたものであり、特定のコミュニティ内で同じ意見が繰り返し強化される一方で、外部の異なる意見が排除されることによって起こる。
映画好きは、頻繁に映画を観賞し、最新の作品や話題作に敏感である。一方、一般の観客層は、映画を観る頻度が低く、年に1回程度しか映画館に足を運ばない人も少なくない。映画クラスタが熱心に議論する作品や監督について、一般の観客はあまり知らないことが多い。
また、一般の観客層は、広く知られた作品や家族や友人と楽しめる作品を好む傾向がある。『ビリギャル』のような実話に基づく邦画は、世界でヒットしているアクション映画よりも受け入れられやすいのだろう。
エコーチェンバー現象が示すように、映画好きが持つ視点と一般の観客層の視点は大きく異なる。このため、映画好きが一般の人々と映画について話す際には、自分たちの評価が必ずしも広く共有されているわけではないことを認識することが重要である。